メリッサ・ファーリー(Melissa Farley)博士らによって2003年に発表されたこの論文は、決して「自由な選択」ではなく、「多重的なトラウマを伴う暴力」であるという性売買の実態を炙り出しました。
フランスの北欧モデル導入の多大な論拠とされ、ほか性売買合法化や非犯罪化に歯止めをかけた重大な研究とされています。
※一部未入力のため随時加筆していきます。
研究の背景と規模
カナダ、コロンビア、ドイツ、メキシコ、南アフリカ、タイ、トルコ、アメリカ、ザンビアと、文化や法制度が異なる9カ国の売買春当事者854名を対象に大規模なインタビュー調査を行いました。これは、売買春とPTSD(心的外傷後ストレス障害)の関係を国際的に比較した極めて重要なデータです。
暴力とPTSDの深刻な実態
調査の結果、回答者の多くが極めて深刻な被害を受けていることが明らかになりました。
性売買当事者が受ける暴力
| 売春行為中に武器で脅された | 64% |
| 売春中に身体的暴行を受けた | 73% |
| 売春によるレイプ | 57% |
| (レイプ被害者のうち) 売春において5回以上レイプされた | 59% |
| 現在または過去にホームレス状態 | 75% |
| 児童期に養育者から怪我をするほど暴行を受けた | 59% |
| 児童期に性的虐待を受けた | 63% |
| 児童期の性的虐待加害者の平均人数 | 4人 |
表2.売春における暴力 Prostitution and Trafficking in Nine Countries :An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
精神的影響
68%がPTSDの診断基準に該当し、その重症度は治療を求めたベトナム戦争退役軍人の平均値に匹敵するレベルでした。
9か国全体で、これらの回答者(854人中)の68%がPTSD診断基準を満たしていた。
表5.p44,Prostitution and Trafficking in Nine Countries :An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
| PCL値(標準偏差) | ||
| 本研究 | (表中)840名 | 53.5(16.2) |
| 1993年の研究 | 治療を求めたベトナム戦争退役軍人123名 | 51(20) |
| 湾岸戦争退役軍人1006名 | 35(16) | |
| 2001年の研究 | 対象群26名 | 24(7) |
| 25歳、幼少期の身体的虐待歴あり | 31(10) | |
| 27歳、児童期の身体的及び性的虐待の既住歴あり | 37(15) |
p44,p48,表6.3つの研究におけるPTSDチェックリスト(PCL)の平均値 Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
(回答者がPCLの半分未満しか記入していない、8項目以上が未回答の場合、分析対象から除外。1〜8項目を未回答とした回答者については、合計値は、未回答項目に代えて回答者のPCL平均スコアを用いて推定した(p41,p42))
現役の性売買当事者は、暴行を受けたという事実を自覚しづらい。
(アメリカの元性売買当事者女性と、現在性売買に従事しているカナダの女性と比較したところ、すでに性売買から離れたあとのほうが、暴力の深刻さに対する認識を抱いていた。)
すでに性売買から離れたアメリカの女性の95%が性売買に起因する暴力による負傷を報告しており、そのうち95%が頭部外傷であった。
依然として売春に従事している女性では、同様の障害の報告率は76%(暴力によるあらゆる障害)および53%(頭部外傷)であった。
p55,Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
トラウマを抱える人々は、特に戦争の戦闘や売春といった継続的なトラウマに直面している最中においては、自身の経験を過小評価したり否定したりする傾向があります。これが、暴力的な出来事の報告率の低下につながっています。これまでの研究および臨床報告の検討に基づき、我々は、9か国の売春従事者を対象とした児童性的虐待の有病率(63%)に関する我々の統計値は、この集団における児童性的虐待の実際の発生率よりもはるかに低いと考えており、実際の発生率は85%に近いと推定している。(Silbert &Pines,1981,1983;Giobbe,1991;Hunter,1994)
p57,Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
暴力の対象になるのは環境ではなく性売買
売春の擁護者たちは、売春婦に見られる暴力やトラウマに関連する症状の多くは、売春そのものではなく、路上での暴力や薬物に関連する生活様式に起因すると主張している。(中略)ヨハネスブルグの女性露天商の健康に関する研究により、彼女たちに関する暴力と、我々の調査対象となった南アフリカの女性たちに関する暴力とを比較することが可能となる。(中略)路上販売の女性たちは、私たちが調査対象とした女性たちと同じ危険な地域で人生の多くを路上に費やしていたという点で状況が類似していたが、売春は行っていなかった(Pick,Ross,& Dada,2002)。私たちがインタビューした売春婦の平均年齢は、路上販売の女性たち(30歳)よりも数歳若く(24歳)であった。南アフリカの路上販売者の7%が言葉による脅迫または身体的脅迫を受けたのに対し、武器による脅迫を受けた南アフリカの売春婦は68%に上った。
p61,Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
トロントで実施されたホームレスを対象とした調査は、我々のカナダにおける売春婦のサンプルと比較することができる。CroweとHardill(1993)はホームレスの40%が暴行を受けた経験があるのに対し、我々のカナダにおける売春婦の回答者の91%が暴行を受けた経験があることを明らかにした。ホームレス状態は暴力と関連しているが、売春はより高い頻度で暴力と関連している。
p62,Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
アルコール、薬物との関連性
本研究では、アルコール依存や薬物依存から性売買に発展するわけではなく、児童期の虐待やネグレクトの体験のほうが性売買の起因になっていると位置づけられています。児童期に性的虐待者から薬物を投与され薬物依存に陥らされる、性売買の現場で「客を取る際に経験する圧倒的な感情に対処するため」使用され依存に陥ることも指摘されています。
全回答者のうち、この項目に回答した人の48.7%が薬物使用を、52.7%がアルコール使用を報告した。コロンビアとザンビアでは薬物使用率が最も低かった。これは、回答者の貧困により薬物が入手できなかったためと考えられる。
p48,Prostitution and Trafficking in Nine Countries :An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
売春に関するもう一つの誤解は、売春婦の大多数が薬物依存症の女性であり、薬物代を稼ぐために売春を始めたというものである。多くの研究が、女性が売春に身を落とした後、娯楽目的の薬物使用を依存症に至るまで増加させることを示している(Dalla,2002)。
p62,Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
「自由な選択」ではない
「何が必要ですか?」という質問に回答者の89%が「売春から離れること」と回答した。
表8.売春に従事する854人に尋ねた「何が必要ですか?」という質問への回答 Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
売春宿での売春が合法であるドイツにおいて、回答者の59.7%が、売春の合法化についてレイプや身体的暴行から身を守る安全性が向上するとは考えていないと答えたことは注目に値する。
p49,Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder
9か国の回答者におけるホームレス状態の割合(75.7%)や、売春から抜け出したいという願望(89.9%)は、彼女たちに脱出の選択肢が欠如していることを反映している。売春に従事する女性のほとんどがそれに同意していると仮定することは、統計的な誤りであると同時に、臨床的な誤りでもある。
p65,Prostitution and Trafficking in Nine Countries:An Update on Violence and Posttraumatic Stress Disorder



PTSDとは?PCL値とは?
PTSDは、死の危険や重傷、性暴力などのトラウマ的出来事に遭遇・目撃した後、以下のような症状が1ヶ月以上続き、日常生活に支障をきたしている状態を指します。
PCLは、この症状を測定する自己記入式のチェックリストです。(最終的な診断は医師)
PTSDの診断基準
基準A トラウマの体験 :危うく死ぬ、重傷を負う、性暴力を受ける、または目撃する。
基準B 侵入症状 (再体験):トラウマの記憶が蘇る、悪夢、フラッシュバック。
基準C 回避症状:記憶を呼び起こす場所、物、人、会話を避ける。
基準D 認知と気分の陰性変化:出来事の重要な部分を思い出せない、自分や世界を否定的に捉える、感情が麻痺する。
基準E 過覚醒(覚醒度と反応性の変化):神経が張り詰める、不眠、些細なことにビクッとする(驚愕反応)、イライラ。
期間:これらの症状が1ヶ月以上持続している。
機能障害:社会的、職業的、または他の重要な領域で顕著な苦痛や機能障害がある。
急性ストレス障害(ASD)との違い
症状が4週間(1カ月)以内の場合はASDと診断されます。
発症時期: トラウマから6カ月以内に発症することが多い。